江戸時代に描かれた寒霞渓の風景

晩秋、紅葉を求めて多くの人が訪れる小豆島の寒霞渓(かんかけい 香川県小豆島町)。

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中腹からの頂上までの2本の登山道沿いには奇岩を中心とした名所が設定されており、それぞれ、表十二景、裏八景と呼ばれている。すなわち、表ルートに12か所、裏に8か所の名所があり、表裏の登山道を合わせると20か所になる。

寒霞渓の各所に存在する奇岩は少なくとも江戸時代から知られており、江戸時代末に編まれた「小豆嶋名所図会(しょうどしまめいしょずえ)」には「神翔山(かんかけやま)*1」として寒霞渓の奇岩が紹介されている。

その名称は、現在の表裏20景とは異なるものの、挿図と解説文を頼れば現状と照らし合わせることができる。 

  

戛玉渓(かつぎょくけい)

「神懸山にのほる山路の左の傍にあり。俗に素麺流といふ。」

表十二景の入り口のそばには小さな川が流れており、「そうめん流し」と呼ばれている。ここが戛玉渓である。

図の左下には三勝亭とい屋根を持つ建物が描かれているが、これは現在の表第2景・紅雲亭にあたるのだろう。

 

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(戛玉渓 「小豆嶋名所図会」*2

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(上図の左下部分を拡大。右手の屋根の上に「三勝亭」の文字が見える) 

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(「そうめん流し」と呼ばれる渓流) 

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(紅雲亭)

 

矢筈嶽・鳥石

「矢筈」とは矢の末端にある弓弦を受ける部分のことである。挿図を見ると、岩の頂部にわずかな窪みがあり、ここを矢筈に見立てたのだろうか。 

矢筈嶽は現在の表第3景・錦屏風である。

矢筈嶽の左側にはある岩は鳥石と記されている。

鳥石は表十二景には入っていないが、現状でも同形状の岩を確認できる。

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 (左上から鳥石、矢筈嶽)

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 (左上がかつての鳥石、中央が錦屏風)

 

煙霞洞

「山腹に洞穴ありて、其形霞のたなびくが如し。」

岩石生成時の堆積単位の層を、たなびく霞に見立てたのだろう。

現在は表第8景・層雲壇と呼ばれている。

 

 

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(煙霞洞)

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(層雲壇)

 

仙掌峯・大洞嶽・座禅台

「仙掌峯」は「其形掌のごとき岩の峯にして、二峯あり」と記されている。挿絵の左にある二つの特徴的な峰を、仙人の両方の手のひらとしたのだろう。

現在は、二つの峰のうち、より高い右側のみを表10景「烏帽子岩」としている。

「大洞嶽」「座禅台」は表十二景から外れているが、どの場所を指すかはおおよそ確認できる。

なお、「座禮台」は「此座禅台より眺望すこふる美観なり」とあることから眺望地点のひとつだったことがわかる。

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 (左から「仙掌峯」「大洞嶽」「座禅台」)

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 (中央やや左が烏帽子岩、奥に見える峰がかつての大洞嶽か) 

 

江戸時代の登山道は現在の表ルート

「小豆嶋名所図会」に登場するのは、表十二景のいずれかか、その周辺である。

裏八景の第5景・石門が紹介されてはいるが、「神懸山」の一部としてではない。

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(石門)

 

「小豆嶋名所図会」の記載は、当時の寒霞渓の主要な登山道が現在の表ルートであったことを示している。

ただ、紹介されている各所が表十二景とは完全に一致せず、同一地点でも名称は異なる。現在の表十二景が定まるには、大正期(1920年ころ)を待たなければならない。

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物語を届けるしごと » 江戸の観光案内図をみながら小豆島・寒霞渓(かんかけい)を歩く Walk in Kankakei gorge of Shodoshima island

*1:「寒霞渓」は1875年(明治8)、儒学者・藤澤南岳が命名した名称。

*2:『新編 香川叢書』に収録されたものを一部改変。以下の挿図も同様。